カガミノイズミ

fountain11.exblog.jp

心の鏡

桜を見て想ふ

いよいよ本格的に春めいてきました。

今年も国立の大学通りの桜並木を散歩できて、嬉しかったです。

よく見ればどの街の桜の木も、ものすごく立派な老木ばかり…
「桜の名所」と言われているところほど、戦後の平和な時代をこれまでずっと、
そこにいて咲いてきてくれてたってことですものね。
そうして「戦後」をずっと咲いてきてくれた桜が、日本中で老木となってきているんですよね。

その様は、日本そのものにも当てはまるように見えます。
「戦前」から「戦後」を生き、日本を創って来てくれた世代が老齢となり、
これまで創って来てくれた建造物なども老朽化が進み、
もはや日本中のあらゆることが、「これまで」に乗っかっていては、
立ち行かないよなぁ…と思わせられることばかりになっている気がします。
でもまだ、「これまで」に乗っかって、行けるところまで行こう、みたいな
気配も感じられます。
古いシステムを壊して新しいシステムを作るのは、色々大変過ぎるから、
そんなエネルギーはないから、みたいな。
そしてこれから益々若い世代が少なくなって、新しい世界を構築していくどころか、
老齢世代や、老朽化した世界を、支えて持ちこたえさせることができるかさえ、
危ぶまれている状態です。

自分のことを見ても、実家で両親とずっと暮らしてきてしまった私は、
「自分の世代」として新しい何かを作ってきた、という自覚はなく、
仕事も、会社から求められるままにこなしてきただけだし、
親の作った家で、親の作ったシステムに則り、親の作った環境で生きてきて、
自分で作ってきたのは6畳の自室内のみというていたらくW(°o°)w

そしてこの先、親(世代)の作ってくれたシステムが立ち行かなくなり、
自分も老齢化していく一途の世代となり、
新しいシステムを生み出していくエネルギーも大して残っていないとなったら、
そこにはどんな世界が広がることになるのでしょうか。

日本中の桜がほぼ同時期にあちこちで死滅し、日本中の建造物・ライフラインがほぼ一斉に
どんどん使い物にならなくなり、修復が追い付かなくなり、
老朽化して放置された建物が日本中で不審の巣となり、
支える若い世代が疲弊して荒れて行く…
などという世界を、つい想像してしまいます(>_<)

今年も美しい桜を見られて本当に良かった。
これまでいただいてきた全てのお恵みに感謝しました。

でも、前述のような気配も感じて、寂しい気持ちにもなり、
でもでも、寂しい気持ちになってないで、より良い世界になるように、
自分にできることしっかりやっていかなきゃ、って思いも起こり、
でもでもでも、私に何ができるかなって、自信もなく不安にもなり、
なんだかとても複雑な想いの深みにはまってゆくのでした。


ノブレス・オブリージ

恵まれていると自覚した者が、より恵まれない者の役に立つよう努めること

…と、自分なりに解釈して、時に思い起こします。

この世界はずっと、ノブレス・オブリージで成り立ってきたと言えるンじゃないかと、
そんなことを思ってしまうからで、
それをしなかったら、誰もが「我よし」で終わってしまったら、
やっぱり世界は荒廃の一途を辿るンじゃないかと、思われるからで。

私には、自分にパワーのないことを言い訳に、
恵まれているのに対して世の中の役に立つことできてない、という
とても後ろめたい気持ちがあるようです。
それが私の「気品」を失わせる「罪悪感」の肝なのかもしれません。


今年も春が来て、美しい桜や咲き乱れる花々を見て、
そんなことを思いましたとさ。













[PR]
by lotus-fountain | 2017-04-15 10:17 | 想い・気づき・共感など