カガミノイズミ

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心の鏡

3月までの近況おさらい

3月一杯で、正式に太極拳クラスを辞めました。
丸2年…大して続きませんでしたが、身体をほぐし養生する気功的なことのおおよその基本は
習い覚えることができたので、これから出来る限り毎日、自分でやっていこうと思います。

アクセサリーのレッスンは、とりあえず5月のレッスンは体調を理由にお休みする旨を
先生にメールでお伝えし、了解をいただきました。
今までより柔和な応対をいただけたように思います。
やはり、生徒を強迫的に囲い込みしたり、あからさまに贔屓したり迫害したり、
などというレベルの先生ではないと思いますし、
写し鏡のように疑心暗鬼になり合うのではなく、
尊重し合いながら平和的に共生していけたらと願っています。

お仕事は理想的なペースで順調に続いています。
本当にありがたいことです。心から感謝しています。
一方、そろそろ品物のメンテナンスのマニュアルを本格的に構築し、
より持続可能な仕事ペースを確立できればと思っています。

更年期障害の体調は大分落ち着いてきました。
まぁ、日によって不安に襲われたり、勝手に動悸がしたり・・ということは
なくなりませんが、以前に比べれば軽いものになってきている気がします。
薬のお陰は大きいのですが、またいずれ薬からの脱却も、挑戦しなければならないことは
頭の隅に置きつつ、もうしばらくこの体調を維持したいと思っています。

父の認知症は、一段と危うい感じになってきました。
夢から覚めなくなってきて、夢と現実を混同させることが増えてきました。
あとは、なにもしないで座っているだけの時間が増えたり、
眠っている時間が増えたり、自分の服の毛玉ばかり無心でむしっているとか…
とにかく多分に「痴呆」といような雰囲気が濃くなってきました。
感情のコントロールも一段と不能になってきていて、
特に怒りに火がつくと正に「烈火のごとく」怒ったりします。


そんな今日この頃、久しぶりに夢を見ました。

話の繋がりを書くと長くなるので、印象的なポイントだけ書いておきます。

・私と母のそれぞれの携帯から火が噴いて、それを私は必死に手で押さえて沈火させます。

・大学の時の親友りかちゃんと、大人になってからの親友まゆみちゃんが、それぞれ出て来ました。
 りかちゃんは、夕方5時からせっちゃんの「セミナー」が食事つきで始まることを教えてくれ、
 まゆみちゃんはちょっとした近況を話したら、割と他人行儀な感じでそそくさと行ってしまいました。

・せっちゃんの「セミナー」に出て、入り口でせっちゃんに遭遇。ちょっと驚かれました。
 私はなぜかスッピンで、以前より老けた顔を見られたのがショックで、
 そばにいた(現実では知らない)友人にそのことを言うと、
 「中年なんだからみんなそんなもんだ」と笑い飛ばされました。

・兄が出て来ました。携帯から火が噴いたことを相談。でも可もなく不可もない対応でした。



昔の、私にとってキーマンな友人ふたりが出て来たことや、
携帯が火を噴いたこと、せっちゃんに遭遇したことなど、

「何を告げているのだ~?!(((゜д゜;))) 」

と延々考えてしまうような気になる夢でした。




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# by lotus-fountain | 2017-04-01 18:29 | 夢のこと

小さきことの中の愛

今月も「週記」に終わりそうです。それもまたよし、ということで。

さて、昨日私は、心の中でつくづくしみじみ思ったことがありました。
それは父との関係のことです。

認知症で耳の遠い父に対し、ぶっちゃけ煩わしい思いをすることが多いのですが、
それでもその内容のひとつひとつは、途方もなく他愛のないことです。

たとえそれが日に何度となく、そして連日飽くことなく、繰り返されようが、
それでもそれはあくまで、他愛のないレベルに違いないことなのです。

でも、そのひとつひとつに「イラッ」としたり、「ムカッ」ときたりすることが
日によっては何度となくあり、その都度、そして昨日もまた、

「こんな小さなレベルのことなのに、何度体験してもイラついてしまうンだなぁ~」

「全然イラつかないで、平静で済ませられることってゼロにならないなぁ~」

と思ってしまうのでした。

そして、世の中には途方もなく大きなレベルのことで、
途方もなく心を乱され、打ちのめされている人も山のようにいることも知っていて、
そういう全体と自分の状況を客観視した時、
私はこの小さいレベルの、日常の小さなひとつひとつの心の乱れに対することを、
しっかり見つめて、飽くことなく対処し続けていくことだ、と
改めて思ったのでした。


そうしたら、
今日の『伊勢ー白山 道』さんのブログに、
シンクロ記事を見出したのです‼W(°o°)w


このシンクロには、いつもながらハッW(°o°)wとさせられ、
そしてとてもトキメキました‼‼


幼稚園児が100円を握りしめて買い物を悩むのも、大人が1万円で買い物を悩むことも、
金額は違っても同じことです。
小さい世界での目一杯の悩みは、大きな世界での悩みに引けを取りません。
*だから、人は自分なりの世界の中で懸命に頑張れば、他人とは中身のレベルが違っても、
 大きなことを成したと霊的に言えます。
*この世は、単位・中身の大小に誤魔化されては生けない世界です。
*そこに込められた、感情や感謝の気持ちが、未来に来る物質に影響するのがコノ世。
このようなことを感じます。



これまでも何度も、何度も、

小さいことが大事
小さきことの中の愛
小さいことに愛を込める


ということを教わり続けて来ましたが、ここに至ってもやはり、
それこそが私にとっては大変重要な姿勢なのだと知らされた思いだったのでした。


大きなことに当たったら、耐えられず壊れてしまう弱い魂かもしれません。
小さいことをじっくりひとつひとつ感じ、考え、乗り越えて行く、
そういうスタイルを選ぶことが許された魂なのかもしれません。

本当のところはわからないけれど、そういう可能性がとても高いなぁと感じる私ですので、
ありがたくこの在りようを受け留め、引き続き精一杯真摯に、
学ばせていただこうと思う次第です。

毎日を丁寧に生きるの、益々頑張ろう。


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# by lotus-fountain | 2017-03-26 18:37 | シンクロ二シティ
昨日は久しぶりに数秘リーダーの朋子さんとデート(〃∇〃)
国際フォーラムで行われていたアートフェア東京に初めて行ってみました♪

ポッドキャスト『今日も畳の目を数える』を聴き出してから、
アートが徐々に身近に感じられて来た感じで、
日本画の美人画とか、実際に見てみたい作家さんもあって行ってみたのですが、
思いの外、気楽に楽しめました(〃∇〃)

宇野亜喜良さんと石黒亜矢子さんのコラボ展が特に素敵で、
しかも丁度偶然、宇野亜喜良さんが会場に見えていて、絵を購入された方の目の前で
その絵にサインされている様子が間近に見られたので、感激しました!


そうして全体を周ってみて、なんとなく極素朴に、世界中にゴマンといるアーティストたちが、
自らの内なる衝動に突き動かされて生み出したものが、
こんなに(どころか無限くらいに)多種多様にあることに、改めて驚きを禁じえませんでした。
それは本当に不思議で素敵なパワーだと思いました。


朋子さんとは久しぶりにいろんなおしゃべりをしたけれど、
やはり数秘の話も普通に出て、軌道数の話・・つまり、何度にも渡る転生の中で、
かなり繰り返しやってきてまだ足りないくらい重要なテーマが軌道数らしい、と言う話とか、
そこから朋子さんのハート数でもあり私の軌道数でもある
マスターナンバー「11」にまつわる話とか、
朋子さんの軌道数である「33」にまつわる話とか、色々語り合いました。
そんな中、今日思い返して一番心に響いてきたテーマは、
どうもやはりその「11」や「33」に象徴される「無条件の愛」・・特に

「33」

にまつわるところのようだなぁ・・と思ったのでした。

今朝、「33」「333」「3333」を立て続けに目にしたし、
今私に届けられているいろんなエピソードが全部どうやら

無条件の愛

について見せてくれてるものだと思われたのです。


流れとしては、まずおとといくらいに、西加奈子さんの『漁港の肉子ちゃん』を読んで、
非常に感動し、つくづく私の理想の精神性の発露は肉子ちゃんなのかなぁ・・と
思ったことがベースにあります。
そして昨夜、ここしばらく再放送が続いていた名作ドラマ『北の国から』シリーズの
最終回『2002 北の国から 遺言』後編を観て、
今まで漠然としか感じられていなかったことなのですが、改めて強烈に
吾郎さんという人の、その人となりが私の中でグッとクローズアップされ、どうやら
吾郎さんが肉子ちゃんと同質の精神的発露をしている人なのだなと思い至り、
そして更に今朝、漫画『夜廻り猫』の最近の一作品について紹介・考察する
コラムを見て、
これまた肉子ちゃん、吾郎さんに並ぶ、同質の精神を見たW(°o°)wと
メチャメチャシンクロに感じたのです。


「不満なんてカケラもないって感じで うれしそうに一緒に行くんだ」

「自分の忍耐や払った犠牲を、まったく気にしないように見える犬は、
 飼い主を愛してくれているんだなぁと思いました


「これって…愛じゃね!?」



やはりどうにも、肉子ちゃんの在りようも、吾郎さんの在りようも、
これらの言葉に集約されていると思われるのですが、
更にそれを集約させた言葉と、象徴する数字こそが、

無条件の愛

「33」

なのであり、それこそが今、私とって最も注目すべきテーマなのだと
思われるのです‼‼


私には「我よし」の我が強すぎて、辿り着けないこと甚だしいところなのですが、
これまでもずっと憧れてきて、やはり今この瞬間もメチャメチャ憧れてしまう、
究極の在りようだと、ここに来て改めて思われるのです。
それを、改めて肝に銘じなさい、そしてそこを見据えて生きなさい、
と言われているように感じるのです。



あと、吾郎さんの「遺言」にあった印象的なセリフ・・・

「謙虚に、慎ましく、生きろ!」



「無条件の愛」は、なんだかちょっと私にはほど遠すぎて感じられ、
なかなか気軽に我がこととして口に出来づらいのですが、

「謙虚に、慎ましく、生きろ」

これは、なんて言うか、「無条件の愛」への前段階的な言葉として、
何度でも繰り返し、自分に言い聞かせたいナ!と、
座右の銘にしたいな!と、思ったのでした(≧∇≦)



私は、私の軌道数「11」のことをこれからももっと意識すべきだし、
それにまつわる「無条件の愛」についても、もっと一生懸命研究しても良い時に
来ているように思われます。
謙虚に、慎ましく、頑張ってやって生きます(≧∇≦)





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# by lotus-fountain | 2017-03-20 10:44 | シンクロ二シティ
こっちのブログにしてから、徐々に書くことが少なくなって来た気がします。

なんだかんだ言っても、これまでのブログは見てくれている人がいたので、
その人々の為にも、なるべく間を空けずに書くことを心がけていたように思います。

今は、完全に自分の為だけに書いているので、
自分が日頃、時々刻々と考えていることを、改めてまとめて書く・・ということが
それほど必要に迫られていない・・という感じなのでしょう。
書いておいたら書いておいたで、後々にその時々の思いや考えの流れが見て取れるので、
貴重な記録になってくるのですけれど。

でも、今まで見てくれていた人々に、もう見せないことは、
やっぱり必要なことだったと思っています。

そして、そうして私から放れた人々が何を感じるのか、
どういう風にそれぞれを感じ、考え、やっていこうとするのか、
感じ取れる限り感じ取り、それぞれの歩みを見守りたいと思います。
(なぜか非常に上から目線)

また、私の想いや考えは、やはり少しずつでもここに書き出し、書き連ね続け、
自分でその流れを読んだり、「11」という質を今後はどう表現していくのが
最善なのかを探って、見出して、行動していけたらな~と思っています。

今は、毎日健康に留意し、日々の練功と瞑想、仕事、家事、
両親との些細なやり取りから学ぶこと、などをコツコツと重ね、
読書や、極少数の友人との交流、ネットなどから学ぶこと、
インスピレーションを受け取っては何かしら行動してみること、
などをささやかながら重ねて生きたいと思っています。

言ってみればとても地味な日々です。
でも、とても幸せな日々でもあります。

じっくり味わって、楽しんで、毎日を生きます。






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# by lotus-fountain | 2017-03-16 23:40 | 想い・気づき・共感など

プレッシャーなこと

昨日は久しぶりの個人レッスンを受けて来ました。

とてもハードな内容で、精根尽き果てました。
文字通り心身ともにボロボロになりました。

つまり、物理的にハードな作業を終日集中してこなさねばならず、
体力を激しく消耗することと、
精神的プレッシャーに耐え続けることとのダブルの消耗です。

特に精神的プレッシャーは相当なもので、
その為に、日頃頑張って平静に整えようと努めている自律神経も、
アドレナリンの過剰分泌によってメチャメチャになった気がします( ̄▽ ̄:)

帰宅後は妙なドキドキと不安感と、変な絶望感に襲われてしまいました( ̄▽ ̄:)
でもまぁ、なんとか自分をなだめ、神仏やご先祖様に感謝を思い、
ホ・オポノポノを繰り返すことなどで乗り切った次第です。

今の仕事が出来ていることは、多大かつ稀有なご縁の賜物なのですが、
多分「我よし」が強い私の性質故か、
そのご縁の関わり(要するに先生や生徒さんたちとの関係性・特に先生との)を
上手に穏便に平和的にやっていくことが、今後も私にできるのか、可能なのか、
非常に不安に感じてしまっているワケなのです。

そんなの、この仕事を続ける限りやっていくしかない、と思うのですが、
そこに既に生じている緊張感や圧力が、
日が経つごとにより増す感じが私の中でどうも否めず、
常にその関係性が不安定なままなのが、私をどうにも不安にさせるのです。

多分当初の私の勝手な感覚では、
ある程度習って技術を習得したら、あとは独立して自由にやっていけると思っていたので、
それがどうやら違うらしいぞとわかってきたので、
そこに凄い違和感というか抵抗感を強く感じてしまっているようなのですね。

「この緊張と圧を帯びた関係性を、この先もずっと継続するしかない。」

そういう、あまりしたくない覚悟をしないといけないように感じ、
それがプレッシャーなのです。

正直、もっと楽になりたい。楽な関係性がいい。
気が向いたら習いに行くくらいでよしとして欲しい。
でも、先生からの無言の圧によると、習い続けて先生の技を習得し続けないと、
先生にお金を払い続けないと、いけないような空気満載なのです(((゜д゜;))) 
そうじゃないと、ゆくゆくはこの仕事をやっていけなくなるよと、
示唆されているように感じてしまうのです(((゜д゜;))) 
なんでなんだろう???(((゜д゜;))) 
それは本当にそうなんだろうか???(((゜д゜;))) 



私の魂は何と言っているかと耳を澄ませると、

「しばらくレッスンはやめたい。」

と言います。

「楽しくないから、強迫観念なだけだから。」

と。

でもするとトタンに、

「しばらくやめると、次ものすごく行きづらくなり、もっと行かなくなり、
疎遠になり、いずれもう習いたくても習えなくなる。」

という考えが起こります。

「先生にももっと疎まれて、仕事を続けづらくなる。」

とも。

ではなぜ楽しくないのか?
楽しくて仕方なく習い始めたことなのに、
自分で仕事をしている分には楽しいのに、
レッスンを受けることについて、いつ、どこから楽しくなくなったのか?

「先生の中にある強迫観念・・つまり、どんどん新しいものを生み出し、
教え続けないとならない、という強迫観念を感じ、その圧迫感が苦しいから
楽しくないのだ。」

と感じます。

「私は私が心地よいと感じるペースと、魂の欲求に応じて教わりたい。」

「先生の繰り出すペースと、私の心地よいペースが合わない。」

と感じます。でも、

「それを表明すると角が立つ・・先生が気分を害する気がする。」

と感じます( ̄▽ ̄:)


「多分先生は、先生のペースに合う人だけを教えたいし、
そういう人たちだけで楽しくやっていきたいのだろう。」

と感じるのです。要するに、

「私のペースは、先生のペースと違うから、
先生からすれば私のペースにこそ違和感を感じて不快だろう。」

と感じるのです。

だから先生が心地よいであろうペースでと私も習い続けて来たのですが、
やはりかなり無理があるのか、繰り返すごとにダメージが増し…(((゜д゜;))) 


私の傾向として、これまでは、人間関係で少しでも負担に感じたら、
逃げられる限りは逃げ、避けられる限りは避け、
着かず離れずで行ければそれを選択し、
無理ならあまり躊躇いなく関係を断ってしまっていました。
太極拳も、結局止めることに決めちゃったし(まだ言ってないケド)。

これは私の課題かなぁ・・という気もします。
粘り強く関係性を保つことも、チャレンジかなぁ・・と。
それとか、そこに感謝があるならば、そうそう簡単に関係を疎遠には
出来ないはずなのではないのか?
私はやはりご縁の恵みに対して感謝が足りなすぎるのかも???
とか、改めて気づいてみたり。

そういえば、昨日のレッスンで引いたガイアカードは

「コミュニケーションスキル」

でしたっけW(°o°)w



人間関係を円滑にするために欠かせないのが
コミュニケーション・スキル。
伝えたいことをまっすぐに伝えること。
相手をあるがままに受け入れること。



次は5月がレッスン予定。
一回の出費もバカにならない値段だし、どうしよう・・(((゜д゜;))) 
この期に及んでも躊躇し続けています。

これから先、私はどういう選択をすればよいのだろう???
どうしよう???












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# by lotus-fountain | 2017-03-08 18:20 | 想い・気づき・共感など